
那須塩原グレースチャーチ
| 2025年12月28日 |
「神によって生まれた者」 メッセージを聞く みことば (哀歌3:22~41) 「(22)私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは 尽きないからだ。(23)それは朝ごとに新しい。・・・ (40)私たちの道を尋ね調べて、主のみもとに立ち返ろう。 (41)私たちの手をも心をも 天におられる神に向けて上げよう。」 A. 「運命の出合い」 タイのナロン宣教師は、1997年9月21日、那須野ヶ原福音キリスト教会から、インドへの宣教師として按手礼を受け、遣わされている。当時の堀田隆糸師自身も世界宣教に重荷を持っていたので、師を派遣できたことは、大きな喜びであったと思う。ナロン師に聖霊の実が豊かに結実し、また、油注がれた器として福音宣教の為に精力的に用いられてきて28年。師にとって最高の出会いは、イエス・キリストとの出会いだった。 B.講解の部分の概要 1.内容 6~8「光について証し」する為に、ヨハネが遣わされた。 9~13 キリストの名を信じ、受け入れる者には、「神の子どもとされる特権」が与えられる。 C.テキストの講解 1. ヨハネ1:6~8 a . 7節「この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるためである。」 b.7節を中心とした使信: 絶望している世の中に、愛と希望といのちをもたらすのは、救い主イエスであり、私たちはその証人である。何をするにも、自分ではなく神の栄光のために、キリストの素晴らしさを現わすために生かされよう。 c.光について証しした故佐藤陽二先生 ・「牧師は説教によって成長する」:牧師の教育は、説教に始まり、説教に終わる。それは、御言葉を語ることによって、何よりも神からの教育(聖霊による教育)、訓練を受けるからである。自らも聖書に学び、牧会の中で信徒の声を聞き学ぶ。この学びと努力によって、説教者として、また牧会者としての牧師が成長するのである。よい信徒のいない教会では、よい牧師は育たない。また学びのための投資を惜しんではならない。 ・「例話の扱いというのは、その信仰、また真理によって生きた人が、その結果どうなったか、ということを話すことが大切である」:作り話を例話にしてはならない。童話や小説を例話とする場合は、特に慎重でなければならない。それは、人が作った物語であるからである。できるなら、使用は避けるべきである。 神に関る事柄を、人の作り話で語ってはいけないのである。 ・「説教準備を怠ってはならない」 ・「説教者は、おみやげをもたせて帰すことを心がけてほしい」:礼拝に出席して、疲れた、説教はつまらなかった、という思いにさせて帰すなら、それは、お荷物を持たせて帰すことである。お荷物はいけない。感謝と喜び、平安と慰め、勇気というおみやげを持たせて帰さなければならない。このおみやげが、「神に栄光を帰す」ことにつながるのである。・・・ 2.1:9~13 a.12節「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」 b.12節を中心にした使信:人が神の子とされるのは、人間の血筋や家族の信仰、努力や業績によるのではなく、神が備えられたキリストの贖いのみによる。信仰の度合いは、その人がキリストによって神の子とされているという意識をどのくらい持っているかにかかっている。 c.佐藤陽二師 海軍兵学校75期生 佐藤師は、江田島海軍兵学校75期生として、全力を学業と訓練に傾注していた。1945(昭20)年8月6日8時15分、広島の原爆雲を目の当たりにし衝撃を受けた。そして敗戦後、原子爆弾を造り、米ソに復讐しようと決心した。他方、人生の意義を求め聖書を読んでいた時、「愛する者よ、自ら復讐すな、ただ神の怒りに任せよ。」(ロマ12:19)が眼に飛び込み、魂につきささった。 D.結び 1.a .世の中に、愛と希望と命をもたらすのは、救い主イエスであり、私たちはその証人である。 b. 創造の秩序や生活での摂理を見るとき、私たちは天の父なる神を知ることができる。 2.私たちは、自分の努力によってではなく、キリストによって「神の子ども」とされる。その特権を与えられた者は、その恵みに応えていこう。 |
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