
那須塩原グレースチャーチ
| 2025年12月21日 |
「初めにことば」 メッセージを聞く みことば (マタイ2:9b~10) 「(9b)すると見よ。かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。 (10)その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。」 A. クリスマスが「夢と希望の時」である訳 クリスマスは互いに喜びを分かち合う時、愛と希望の時である。神は、御自身の独り子という最高の贈り物を私たちに下さった時だからである。 B.講解の部分の概要 1.内容 1~3「ことば」は、永遠から、父なる神と同じ神性を持って存在し、このお方により天地万物が創造された。 4~5 神のことばには「いのち」と「光」がある。 C.テキストの講解 1. ヨハネ1:1~3 a . 1節「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」 b.1節を中心とした使信: 全ての存在に先立って「ことば」ギロゴスがあり、「ことば」は三位一体の神における「子なる神」である。全被造物は、このお方によって存在した。 c.無人島での4年4ヶ月(孤島のセルカーク) 今から250年ほど前、海賊船の乗組員だったセルカ ークは、船長との口論が元で、無人島に置き去りにされた。島から一生出られないかもしれないと絶望し、洞窟で一夜を明かす。朝昼夜、亀とザリガニだけの食事。寝室の洞窟は一度も綺麗にされず、体も、身に付けている物も、悪臭を放つようになる。毎日の、望みない見張りにも疲れ果てた。ある日、トランクの中を探していると、一度も開いたことのない聖書が出てきた。母親は教会を愛し、欠かさず子らを礼拝に連れて行ったものだった。絶望の中で聖書を開くと、詩篇107:4~6「彼らは、荒野で迷い、砂漠で人の住む町への道を見失った。飢え、乾き、魂は衰え果てた。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから救って下さった」とあった。神が直接語りかけておられると彼は直感し、深くへりくだり、自分の罪を言い表し、彼の為に十字架上で死に、復活されたキリストを信じた。その瞬間から彼の生涯は一変した。毎日、聖書を読んで祈り、そして四年後、奇跡的な導きで、スコットランドに帰国できた。彼を本国に連れ帰った船長は、この冒険物語を記録し、これを基に「ロビンソン・クルーソー漂流記」が生まれた。 神のことばは生きていて力があり、いのちと光と希望をもたらす。 2.1:4~5 a.4~5節「(4)この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。(5)光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。」 b.4~5節の使信: 「ことば」なるお方(キリスト)に、「いのち」と「光」があり、「ことば」によって生きるとき、闇に打ち勝つ希望が与えられる。 「いのちと光」である「神のことば」に聞き、真の希望に生かされよう。 c.「あれは僕のヨットだよ」 男の子がヨットの模型を作った。木を削り、綺麗に色を塗り仕上げた。湖に浮かべると、岸を離れ、手の届かない所に行ってしまった。町のおもちゃ屋さんに、彼が失くしたヨットが飾ってあった。欲しければ代金を支払うよう、主人は伝えた。 少年は貯金箱を調べたが足りず、一生懸命お駄賃を稼いで、やっと溜まり、彼の全財産をカウンター上に置いた。「僕のヨットを買いたいんだ」。少年は喜び勇んでヨットを抱いて帰宅した。「君は僕のヨットなんだ。二度も僕の物になったんだ。最初は、僕が作った時、そして、僕が買い戻したから、君は僕のものなんだ」。少年がどれ程ヨットを愛していたかが分かる。ヨットは人間、少年はキリスト、彼の支払った代金は十字架。 D.結び 1.a .「初めにことば」があり、ことばによる創造があった。 b.ことばなるキリストは、私たちに「いのち」と「光」を与え、希望の人生へと導く。 2.「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」。 |
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