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日本キリスト宣教団

グレースチャーチ

 2024年 4月 21日
「神の奥義の管理人」   メッセージを聞く 

みことば   (Ⅰコリント4:1~2)
「(1)人は私たちをキリストのしもべ、神の奥義の管理者だと考えるべきです。(2)その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認められることです。」

A. .私たちはみな「神の奥義の管理人」
主は「多く赦された者は多く愛します」と語り、また「神の前に富む者となる」ことの祝福を教えられた。

B.講解の部分の概要
1.内容
1~2 福音に仕える者たちは、キリストに仕える 者、神の計画を委ねられた者である。
3~5 主が来られるとき、人の心が明らかにされ、神は正しいさばきをなさる。そのとき、各人に対する神からの真実な称賛も届く。

 
C.テキストの講解       
1. 4:1~2                  
a .1~2節「(1)人は私たちをキリストのしもべ、神の奥義の管理者だと考えるべきです。(2)その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認められることです。」 
                    
b.1~2節の使信:
福音を人々に伝えるという使命を委ねられた者たちは、キリストに仕える者、神の計画を委ねられた管理者である。管理者に一番求められるのは、主人に対して「忠実である」ということで、これは、全てのキリスト者に求められている。

c.童話「父さんのすることにまちがいはない」。アンデルセンにとって、「父さん」は即ち「天の
父なる神」を背後に描いている。この天父に対する絶対的信頼が、出来事を好転させていく。人は、地上では、不利な立場、損をしてしまう体験があっても、その都度、全き信頼に生かされて感謝で進んで行くとき、神がすべてにおいて、良きに導いて下さる。母さんはその都度、文句を並べることもできた。
しかし「父さんのすることにまちがいはない」と、信じて疑わない。私たちの天父は、最善をなさる方。このお方に全幅の信頼を置いて、地上における日々の務めに、真心から仕えさせて頂きたい。

2.4:3~5                    
a .
5節「ですから、主が来られるまでは、何についても先走ってさばいてはいけません。主は、闇に隠れたことも明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのときに、神からそれぞれの人に称賛が与えられるのです。」 
              
b. 5節を中心とした使信:
人の内面を本当に知っておられるのは神だけである。さばきは神のものであるから、私たちは何についても、先走ったさばきを下してはならない。自分で自分をさばくこともやめて、主に贖われて、迎えられる恵みに立たせていただこう。

c."Love Me, just as you are" ルブラン大司教
「あなたは、天使のようにならねば、わたしに献身することも、わたしを愛することもできないと思って、ひたすらその日を待っていますね。それではあなたは絶対にわたしを愛することはできません。…ありのままの姿で、わたしを愛しなさい。自分が完全になるときを待っていれば、あなたは絶対にわたしを愛することはできません。わたしは、一粒の砂から純潔と高貴さと愛に輝くセラフ(最高位の天使)を造ることができるのです。
わたしは全能の神ではありませんか。そのわたしが、そのようにすばらしい天使を造るのではなく、ただあなたの愛を求めているとするなら……。
貧しい人々の愛が、わたしはうれしいのです。貧しい人々の叫びが、いつも『主イエスよ、あなたを愛します!』であってほしいのです。わたしが望むただ一つのことは、あなたの心に歌があることです。智慧や才能は必要ではありません。大事なのは、あなたが愛をもって働くことです。あなたが才能を持つことをわたしは望みません。もしあなたに才能を与えれば、あなたは弱いので、あなたの自己愛を増す結果になるでしょう。…
今日、わたしはあなたの心の扉のまえに物乞いとして立っています―王の王であるわたしが、扉を叩いて、待っています。…あなたがわたしを愛するなら、わたしもあなたにお返しをします。……」

D.結び            
.a .キリスト者はみな、神からの賜物を用いて、互いに仕え合う忠実な管理人となるよう召されている。
b.主の義が私たちを覆い、神の恵みが私たちを生かして下さる。
2.自分で自分を裁くこともやめて、主の義に覆われる喜びの日を目指して生きることができますように。


『ティ
ンデル聖書注解-コリント人への手紙第1』、『コリントの信徒への手紙一』加藤常昭、『賛美歌・唱歌ものがたり2』大塚野百合、他






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