那須塩原グレースチャーチ
2025年3月 9日 |
「地上の幕屋が壊れても」 メッセージを聞く みことば (Ⅱコリント5:9~10) 「(9)そういうわけで、肉体を住まいとしていても、肉体を離れていても、私たちが心から願うのは、主に喜ばれることです。(10)私たちはみな、善であれ悪であれ、それぞれ肉体においてした行いに応じて報いを受けるために、キリストのさばきの座の前に現れなければならないのです。」 A.現在の苦難は、永遠の栄光へと続く 地上生活では、私たちは色々な苦難を通るが、それを通し神の栄光が現され、やがて永遠の栄光へと続く。その知識を、パウロは神からの啓示として与えられた。 B.講解の部分の概要 1.内容 1~ 5 肉体が滅んだ後、天にある永遠の住まいが備えられている。 6~10 善であれ悪であれ、地上生活でなしたことの報いを、各自が受ける。 C.テキストの講解 1.Ⅱコリント5:1~5 a . 1節「たとえ私たちの地上の住まいである幕屋が壊れても、私たちには天に、神が下さる建物、人の手によらない永遠の住まいがあることを、私たちは知っています。」 b.1節を中心とした使信: 地上生活では、「重荷を負ってうめいても」、やがて、キリストと同じ霊的な「栄光のからだ」に変えられる。キリストが聖霊によって、よみがえりの体と共に復活されたように、その同じ御霊が、キリスト者たちに保証として与えられていて、私たちもその時によみがえり、復活の体に変えられる。 c.「素朴な琴」八木重吉 「わが詩いよいよ拙くあれキリストの栄 日毎に大きくあれ」 「どうせ短い命/出来る限り美しい心でいよう」 「神様の御心と一所にいよう」 17歳で重吉と結婚し、僅か5年の生活を共にした若妻とみ子さんの手記。「ある日突然、八木はじっと空(くう)を見つめていたが、手を指しのべて「イエス様!」と叫んだ。お姿が見えたのだ。・・・やっと生きている。しかし、何と美しい顔であろう!天国の夢でもみているのであろう。真夜中に急に「可愛い可愛い とみ子」と言ったと思うと平安な清い顔をして、とうとう脈拍が途切れてしまった。」 2.Ⅱコリント5:6~10 a . 9~10節「(9)そういうわけで、肉体を住まいとしていても、肉体を離れていても、私たちが心から願うのは、主に喜ばれることです。(10) 私たちはみな、善であれ悪であれ、それぞれ肉体においてした行いに応じて報いを受けるために、キリストのさばきの座の前に現れなければならないのです。」 b.9~10節を中心とした使信: 信者たちがこの地上の「肉体において」なすことは、重大な意味を持つ。「キリストのさばきの座」の前に、夫々がその為したことについて責任があり、それに従って報酬を受け、また損失を被ることになる。 神の救いのみわざが私たちに働く時、私たちも志を立て、よいわざを行ない、自分の救いの達成に努めるのである。 c.今後のグレース・チャーチの導きを祈る Ⅰコリ3:10~15で、パウロは、教会の土台を据え、その上に各自が「金、銀、宝石、木、草、藁」の素材で建てていくが、「どのように建てるか気をつけなさい」と、注意を与えた。 2000年に開拓に出発。関谷に一人の全盲のW姉が住んでおられた。高齢でしかも一人住まい。塩原視力センター音楽教師で、琴を弾き吟詠も嗜まれた。W姉は「関谷に教会が建って、私の葬式はそこで行えますように」と祈り続けてきた。W姉は2005年、88歳で召天。葬儀は当会堂。今迄で、人々が最も多く集う、言わば「伝道集会」となった。関谷地区で礼拝を続けて今年で25年。 この地上において「重荷を負ってうめいています」というような中にあっても、「私たちは心強いのです」と、「見えないものに目を注いで」歩み続け、今後の必要を満たされながら、先立つお方に従って行く。「私たちが心から願うのは、主に喜ばれることです。」 D.結び 1.a .人間の「地上の幕屋である住まい」が壊れても、「ご自身の栄光のからだと同じ姿に変え」て下さる。 b.信者たちがこの地上の「肉体において」なすことは、重大な意味を持っている。 2.神の救いのみわざに与る時、私たちも志を立て、よいわざを行ない、自分の救いの達成に努め、主の愛に応えていこう。 『ティンデル聖書注解-コリント人への手紙第Ⅱ』、『コリントの信徒への手紙二』加藤常昭、「御翼」佐藤 順、『神を呼ぼう』八木重吉、他 |
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